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第一話 回顧

こんばんは


突然ですが、

今晩からしばらく小説をアップする

『くるあん工房』うえはらです



よろしければお付き合いください

カテゴリ欄の『小説』に書き溜めていきますので、
そちらからアクセスいただくと読みやすいと思います。



原作
白鯨百一氏作:本土決戦


第一話 回顧



 私の祖父が終戦を迎えたのは、彼がまだ十六歳のときだった。

そのとき少年だった彼にも、日本が劣勢に陥っていることは理解できたが、学生の彼にはまだ動員招集がかからなかった。

米軍が沖縄に上陸したとき、次は自分の番だと信じていた。

そしておそらく、自分たちの決戦の場は本土だと思っていた。

一番多感な思春期に、彼を止めどもない高揚感が包んでいた。

正直なところ勝てるとは思っていなかったし、生き残れるとも思っていなかった。




ただ、

死ぬまでには『最低三人の米兵を殺す』のが自分の義務だと思っていた。

頭の中で戦闘の情景を思い浮かべることは、彼にとってある種の高揚感をもたらす行為だった。




自分が死ぬまで最低三人・・・

三人を殺せ・・・

三人だ・・・





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 しかし広島にMg爆弾が投下されると、あっけなく戦争は終わってしまった。

やっと戦争が終わったと喜ぶものもいたが、、、祖父は肩すかしをくらったような気分になったそうだ。



いずれにせよ、日本人全体を脱力感が襲った。

祖父はその後、日本の復興・経済成長の礎となる世代であり、ほかの日本人同様懸命に働いたが、

戦争で死んでいった上の世代に対する後ろめたさと、十六歳の頃の自分の高揚感を乗り越えることはできなかった。


 高度成長期に、日本人のこころを躍らせたカラーテレビも、日比谷の映画館も、彼にとっては何の慰めにもならなかった。

祖父は無口な男であったが、死に際に孫の私に最後の告白をした。



「最近、うつ病っていう病気があるだろう?

 だとしたら、俺は戦争が終わってから、ずっとうつ病だった・・・。」




・・・第二話につづく。
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第二話 砂時計

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※この小説はフィクションです。
 実在の人物、団体名とは一切関係ありません。

原作
白鯨百一氏作:本土決戦




 2040年、私は六十歳をむかえた。

はっきりいってしまえば、働き盛りの三十代の頃から私は「国力の衰退」というものを味わい続けてきた。

その国の国力が衰退し始めてから、それが現象として現れるのに五年以上かかるといわれるが、

私たちの生活に影を落としたのは、二十年前の東京オリンピックあたりからだ。



その頃の日本人は、まだ国力と経済力の区別が付かなかった。

それでも物は溢れており、日銀がいくら金融緩和をしても、なかなか海外品デフレーションの波から脱却することができなかった。

物が余っているとき、カネの力は万能になる。


誰しもが、これからカネが不足する事だけを心配していた。

政府が消費税を上げるたびに、人々が覇気を失っていった。

その頃小学生だった私の甥っ子たちに、「将来何になりたいか」と聞くと、「お金の儲かる仕事」とだけ言い放った。


それも仕方がない。


今と比べれば相当贅沢な生活をしていたはずだが、多くの母親たちはカネが足りない、足りないと父親をせっついていた。




父親たちには威厳のかけらもなかった。



GHQの遺したWGIPの膿(うみ)は、この頃も十分すぎるほどの腐敗力を維持していた。






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カネはそこから移動することはあっても、決して無くなることはない。



しかし「国力」、つまり「社会の生産力」や「人のエネルギー」は確実に減少していく。

将来のカネが心配だと言っているうちに、日本人の人的エネルギーは砂時計の砂のように無くなっていった。

少子高齢化が主な原因であった。




しかし、本当の問題は、


私たちから徐々に「覇気」と「明るさ」が消えていったということだ。




・・・第三話につづく。

第三話 瓦解

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※この小説はフィクションです。
 実在の人物、団体名とは一切関係ありません。

原作
白鯨百一氏作:本土決戦





 最初は些細なことだった。

飲食店の店員の態度が悪くなり、笑顔が消えた。



人手不足だからしょうがないと、みんな慣れっこになっていった。

私の勤めていた工場にトラックが来ると、小さな2tトラックなのに、

運転手はバックで駐車する事すら危なっかしい状況だった。


私たちの上の世代は「信じられない」とため息をついていたが、

いま思えば国力の衰退はこんなところから始まっていたのだ。



「客に笑顔で接しよう」とか、「運転の技量をあげよう」とかいう努力は、少子高齢化とも人手不足ともなんの関係もない。

要は、日本人全体から気力が失われていったのだ。




外国人、とりわけ中国人の労働者が入ってきたとき、私は少し彼らを敬遠していたが、

徐々に日本人の店員よりも中国人の店員を好むようになった。




彼らの方が日本人より元気があり、熱心であり、笑顔もあったからだ。




やがて多くの日本人は、他人に関して「無関心」になっていった。





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同時にこのころ、世界的なウイルス騒動が勃発したこともあった。

製作過程の生物兵器が誤って漏れ出てしまった、とされる例の事件だ。

ワクチンが作成される前に、ウイルスが拡散したわけだから、世界がそれに敏感な反応を示した。

それ以前に撒かれたSARSやMERS、エボラなどの時とは比較にならないほど、神経質な対応が各国にみられた。


ことの真相にいち早く気付いて警鐘を鳴らす日本人も、ごく少数ではあるがこの頃の日本には、まだ存在していた。

ただ、多くの国民はそういった人の発言を、お得意の「都市伝説枠」に押し込め、まともに耳を貸そうとはしなかった。



皆、目先のことか、自分のことにしか興味がなく、他人に合わせようとか、

力を合わせて何かを成し遂げようとか、ましてや師を定め精進を続けるなんて、

まるで原始人の崇拝儀礼くらいにしか思っていなかったのだ。



このウイルスの本当の恐ろしさを知るのは、ここから更に十年も先の話である。




・・・第四話につづく。

第四話 消失

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 実在の人物、団体名とは一切関係ありません。

原作
白鯨百一氏作:本土決戦





日本人にとって、もはや労働は馬鹿馬鹿しいものでしかなかった。

確かに、労力と賃金から考えれば、馬鹿馬鹿しい待遇でもあった。

働けど働けど何とやら・・・スマホとユニクロとコンビニがあれば、なんとか生きていける。

必死に働く必要などあるものか。





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その当時流行っていたピケティという経済学者は、常にRはGより大きいという公式を打ち立てた。

つまり、真面目に労働生産やサービスに従事するより、投資した方が儲かるという公式を打ち立てたのだ。


それを格差拡大の原因としていた。


確かに、まともな投資先のない銀行は、投資に目覚めた素人や日本の企業をカモにして、

バブルを膨らませ、2021年にリーマンショックの5倍規模の経済危機を招いた。



その、日本の銀行自身もアメリカ金融のカモだった。




株やFX、家賃収入で、一生働かずに暮らすというのが、当時の私たちの夢だったのだ。

ただ、この世界恐慌に対して暴動を起こすほどのエネルギーも、もう私たちはなかった。

自分たちの境遇を認めることさえ億劫になっていた。






誰しもうすうす気づいているが、決して触れないことがあった。



それは、豊かさと便利さの弊害であり、文明の副作用だ。

人間も動物の一種として考えれば、すぐに分かることだ。




衣食住に満たされた人間が、どんな希望や理想をもつだろうか。

食欲、性欲、睡眠欲の次に来る欲求はなんだろうか。




それはまず、「体裁を保ち格好をつけたい、注目を浴びたい」という欲求。


そして「少しでも便利さにあやかり、楽をしたい」という欲求であり、

次に絶対に怖い思いをしたくない「リスクを避け、安全の中で安穏と過ごしたい」という欲求である。




この虫のいい三つの庶民の欲求は、ありとあらゆるキレイごと、偽りの姿を装い、私たちの覇気を奪っていった・・・。



・・・第五話につづく。

第五話 放棄

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原作
白鯨百一氏作:本土決戦




 IT産業はこれを加速させていった。

キャッシュレス決済、ネット通販、カードローン。


多くの会社は、本来自分がやるべき仕事をどんどんアウトソーシングさせていった。

合理性の名のもとに、自分たちの能力の低下に目をつぶり、実在するかどうかも怪しい「権力」の維持だけに力を注いだ。




子どもたちを塾にやる、その当時の教育熱心な母親たちに訊ねたい気分だ。

そんな想いをして、子どもたちをどうしたかったのか。



それはつまり、楽で、安全で、体裁の整った立場に、子どもを就けたいだけだったのか。

『日本の将来を支えるエリート』になってほしいなんて、これっぽっちも思っていやしなかったのではないか。


また、当時の若者たちのいうクリエイティブな仕事とか、あの当時の働き方改革でもっとも求められた理想の職場とは、





楽で安全で格好のつく仕事であり、それを許す職場だった。






ブラック企業の犠牲者は、いつだってほんの少し真面目で、責任感のある人間だった。



会社と、圧倒的多数の従業員は凶暴なまでの無責任・無関心で、真面目な人間を食い物にしていた。

虚栄と安楽と安全が、三つ同時に手に入ることはないが、唯一それを叶えてくれるのが「カネ」というわけだ。

だから誰しも、自己のエネルギーという実力よりも、カネという権力を求めたのだ。

それを人間的資質として攻めることはできなかっただろう。





動物として考えれば簡単だと言ったが、腹いっぱいになった動物はどんな行動をとるか。



まず、活発には動かない。

それは当然だ。

彼らにはエネルギーを無駄遣いしてはいけない正当な理由がある。



危険は冒さない。

それも当然だ。

食欲が満たされれば、危険を冒す理由がない。




そして、彼らに残される行動といったら、群れの中で虚勢を張ることくらいだろう。

人間も動物なのだから、こうなることは当然だ。

資質でもない、性格でもない、本能なのだ。





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古代ローマ市民の「パンとサーカス」の問題あたりから、人間の動物的退化には多少なりとも懸念があった。


しかし、一般大衆が食うに困らず、暇つぶしに困るほどの経済力をもった国は、その後二千年なかなか現れなかった。


国が豊かになれば、出生率が減ったり自殺率が高まることは分かっていたが、



だからといって、経済成長を止める国なんてありはしない。






一説によれば、人間が生物として進化の頂点に達したのは、いまから二千年ほど前のことで、それからは徐々に退化している。




そして、私たちの生まれた世代から、その退化は一気に加速した。

日本のゆとり世代、アメリカのミレニアム世代、どこの国も言うことは同じだった。



私のように「生まれた時から社会に何でも揃っている世代は、役に立たない」というのだ。




年配者にそう言われても、困ったものだった。







一方、その当時のヨーロッパの若者の失業率は10%を越えていた。


仕事がなかったわけではない。



キツイ仕事をぜんぶ移民に取られてしまったのだ。


いや・・・、取られたのではない。







『渡してしまった』のだ。




・・・第六話につづく。

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